元高校教師が教える「子供の叱り方」

こんにちは! ウイキシ(@uikishi)です。

 

お子さんをきちんと叱ってあげていますか?

 

ドキンとした方もいらっしゃるのではないでしょうか。

筆者にはまだ子供はいませんが、高校で教員をしていました。たくさんの生徒の相手をしていると、叱らなければならない場面や苛立ってしまう状況が必ずあります。

「これは叱ってあげないとこの子のためにならない」ということが多々ありました。

 

ですが、きちんと叱るのはとても難しいです。怒ることは簡単です。
怒ると叱るは全く違うもの。この記事では、子供の叱り方について考えてみます。
※私の個人的な考えなので悪しからず。

 

叱ることは本当に難しい

生徒を叱るとよく「また怒られた」と言われたものです。学生時代を思い返すと「叱られた」という単語を使った覚えはないのではないでしょうか。

そのくらい、「怒る」と「叱る」は紙一重で、捉える側にとってはひょっとすると同じなのかもしれません。

ある程度の迫力がないと効果がないこともありますので、どうしても語気が強くなり、「怒られている」という感覚を与えてしまうようです。ですが、「叱る」側はきちんと「叱って」あげなければいけないと思います。

 

「怒る」と「叱る」の違いについて

「怒る」と「叱る」の違いは何なのでしょうか。

辞書的な違いは今回は置きますが、私は「主体が何か」が最も大事なことだと思っています。つまり、”誰のための行為”なのかです。

「怒る」は自分の感情を発散させる行為。
自分が苛立ったから「怒る」。

「叱る」は相手の行動を改めるための行為。
相手の将来を想って「叱る」のだと思います。

ですから、「叱らなければ」と思ったとき、私は常に「生徒をきちんと育てるため」と言い聞かせながら「叱って」いるつもりでした。そうしないとつい「怒って」しまいそうになるからです。生徒に伝わっていたかはわかりませんが。

 

どうやって叱ればよいのか

「ほら、周りの人がみてるから、やめなさい」

こんな叱り方をしていませんか。実はこの叱り方、私は嫌いなのです。どうして

「ここが、こう悪いから、それはしてはいけないことなんだよ」

と言えないのでしょう。
叱る行為は、善悪を教えることではないでしょうか。周りが見ているからと叱ると、「じゃあ、見てないところでやればいいじゃん」ということになりませんか。

極端な例だと「バレなければなにをやってもいい」ということになってしまいかねません。ですので、どう悪いかをきちんと伝えることが大切です。また、一貫性があることも重要でしょう。「前に言っていたことと違う」となれば、不信感を与えて当然です。

 

優しい人になってほしい

ニュースを見ていると痛ましい事件が後を絶えません。

「だれでもいいから殺したかった」と言った殺人犯もいました。このような人は、偏見ですが傷ついた経験が極端に少ないのではないかと思うのです。こんな事件が起こるたびに、テレビに向かって「人の痛みを知れ」と言ってしまいます。

本当にやさしい人は傷つきやすい人だと思います。傷ついたことのない人は結構他人に冷たくなれるものです。

 

ですが、一度もけがをしたことがない人に、包丁が刺さった痛みを説明できるでしょうか。熱を出したことのない人に、40℃のつらさがわかるでしょうか多分、わからないと思うのです。

人を傷つけたり、自分を傷つけたり、命を危険にさらすような行動は叱らなければなりません。

ですが、どう悪いか伝えてきちんと叱るためには、人の痛みを想像できなければなりません。そのために、「痛い」を経験することが大切だと感じています。もちろん大ケガにつながるような痛みを経験する必要はありません。自分が傷ついて「痛い」、だから人が「痛い」行為もしてはいけないという想像力を養うことが必要だと思います。

あ、もちろん虐待を推奨しているわけではありませんよ。

 

まとめ

叱るという行為は、一方的に言うことを聞かせるような一方通行のアプローチでは上手くいきません。

「叱る」の対義語は「褒める」
子ども(もちろん大人も)を伸ばそう、良くしようと思った時にできることは一つではありません。
叱る事の目的は、叱られた側が問題点を把握・改善してより良い未来へと繋げることです。そしてそれは褒めるの方が効果的である事も多いです。

そしてそのより良い未来というのは子どもにとっては「良い大学に行って、良い会社に入って、平和に暮らす」では無い可能性があるというのも大人として常に念頭に置いておくべきだと思います。

 

 

この記事はランサーズにて依頼をしております
クラウドソーシング「ランサーズ」

著者(tsukihi_hitotose)、一部加筆(管理人)